2007年10月08日

衆治国家

◇先日の作文教室で井上先生がミートホープ社長を「ナイスキャラだ」と褒めていたのだけど、それはつまり彼を擁護しているのではなく偽装という悪いことをしたけれど余りに糾弾されすぎていて、というようなスタンスで話しをされていた。わざわざスーパーにミートホープ製品を探しに行って食べてみたのだそうで、感想はやっぱりおいしかったのだそうで。自分もミートホープが破産してしまって残念だなと思っていたしなんせ苫小牧出身であるのでその話は居眠りせずに面白く聞いていた。今は実家に戻ってきているからマシな食生活だけども、一人暮らしのときはご飯だけ炊いてふりかけで食べるとか安売りしてるインスタントラーメン1個とかそんな類だった。料理は苦手じゃないから自炊するにしても冷凍のギョーザを安売りしてるときに買って1ダース入りを3個ずつ4日に分けて食べるとか形の悪い野菜を安く買ってきて大量に茹でて固形コンソメを入れて初日はスープ、次にポトフ、最後にシチューやカレーにして食べるというような節約生活で腕を振るうよりまず食材を買えないことが悩みだったから、たとえ牛・豚・鶏の肉ではなくても安価で買えて最低限の安全が保証されるならメイドオブネズミでもカエルでも喜び勇んで食ったことだろうと思う。BSEとか鶏インフルエンザだって10年前には知らなかった単語で牛肉が自由化されて日本の食卓に安い外国の肉がヘーキで並ぶようになった頃には肉骨粉使用とか現在は処理されている脊髄だとかも当たり前に入っていて、それをおいしいおいしいと食べていたわけでそうゆうニュースを見るといつも「何をイマサラ」と思っていた。で、何が言いたいのかと言うと沢尻エリカのことなのである。先日このネタを書いたら急に一見さん増えちゃってヤバイなとか恐る恐るUPしたのだけど杞憂で特に何の変化もないのでもうちょっとちゃんと書く。前にも言ったが自分は彼女のファンでもないしそもそも全然ロリくないから眼中ないし擁護しようだなんて気はさらさらない。書きたいのは彼女についてではなく、彼女に対して投げられる言葉についてだ。アッコさんが今度は「殴ったろか」と発言したらしいが、まぁこれもキャラだから目くじら立てるのも素人臭くて嫌なのだけど、やっぱ小娘ごときに何を焦ってるんだろ?と訝る。なんと言うかこのタイムリーな話題に乗っかって芸能界のご意見番としてアピールしたがり気配が鼻を衝く。確かにプロとしてあるまじき言動で気に入らなかったのだろう。黙ってられなかったのだろう。だけれどもやっていいことと悪いことがわかっていないのはどっちだ?と問いたいのだが。いじめが社会現象になり、それに対して大人は判で押したように「いじめは悪いことだ。犯罪だ」と批判するが、ミートホープ事件にしろ沢尻エリカ問題にしろ、朝青龍問題にしろ時津風部屋の暴行問題(この時点では事件とは書かない)にしろ明確に悪いことをした人を血祭りに挙げ容赦のない扱いを寄って集って繰り広げているのを見ていると、そりゃ子供はイジメが悪いことだなんて思うわけないじゃんと失望する。よくあるいじめに関するアンケートで「いじめられる方にも問題がある」という問いにして半分を超える子供がイエスと答えることが多くてそれに対して親や大人達は信じられないと驚くわけだ。が、この社会は「ここに悪者がいるぞ!」と誰かが叫べばみんなして手近な石を拾って投げつけてOKという風潮になっている。ミートホープ社は偽装という明確な犯罪を犯しているし、時津風部屋の問題はどう考えても暴行でれっきとした犯罪だが、エリカ様がどんな態度だろうと日本のほとんどの人間は迷惑をこうむってないし、横綱が巡業サボってサッカーやっててもほとんどの人の生活にはなんの関係もない。日本は法治国家なのである。なのに現代は法的に裁かれることよりも、量刑もなにも規定されてない社会的なもしくは個人的な制裁が法規的な制裁を超えて与えられている現実がある。確かに悪いことをしたらその報いを受けるのが当然ではあるが、際限がなく飽きるまで続けられる制裁は、まるで子供のいじめと同じで、それこそなぜ糾弾されないのだろうか。自民党の総裁選を勝ち馬に乗るだけのポリシーもモラルもないと批判するマスコミや有権者がまず長い物に巻かれて勝ち馬に乗ってせこく生きてるだけのちっぽけな人間なのだろうと思わざるを得ない。札幌の市立小学校の教頭が実は援交撮影の神だったというニュースにしてもそうだ。まぁあれもれっきとした犯罪で社会的制裁も必要だろうし言いたいヤツはここぞとばかりに言いたいこと言えばいいのだが「教師にあるまじき裏の顔」とか言われてると、教師はロリじゃダメなのか?と首をかしげてしまう。子供の体とか写真撮ったり性的な要求して金銭授受したら犯罪だけれど、ロリは単なる趣味だろう。大きなお世話だ。多分彼は自分の勤める学校の生徒ってか児童には手を出していないような気がする。高校生とかの方が人気があってペイしやすいしウリの観念がわかるからバレも少ないし、きちんと真面目に職務をこなしてこそ収入が保証されることで撮影費用が捻出できていただろうと思えるからだ。もちろん勤め先の児童を商品化しなかったから罪が軽いとかそういうことを言いたいのではない。罪は罪で、趣味は趣味だと言いたいだけだ。擁護するつもりもないが過度な批判もしない。罪を憎んで人を憎まず、という言葉があるが、ここ最近は「罪は見ないで人だけ叩く」時代になったと思う。確かに明らかな量刑不足だとか、遺族や被害者の家族や友人達が被害者に対してあんなひどいことしたのにたった数年で釈放されるような刑にしか裁かれないのかと嘆くことも多かろう。法が絶対でないことも多かろう。だからと言って簡単に個人が個人を勝手に裁いて良いわけではない。遺族の方や被害者やその周囲の人がそれ以上の被害を出さないために声を上げているのではなく、ただの野次馬がさも自分が正しいことを言っているんだと正義面してなんの躊躇もなく人に石よりも硬く尖った言葉を投げられる神経が怖いのだ。クラスメイトの一人の態度が悪いとか女王様気取りだとかみんなでするべき掃除をサボってサッカーやってたらそれは悪いことだからみんなでいじめていいのだと子供に教えるのはやめてくれ。そうやってストレス発散しないと生きていけないちっちぇー人間ばっかりにならないでくれ。気に入らないことがあったり問題がある人がいたら、ただそれをきちんと指摘してあげればいいじゃないか。その言葉に硬さも鋭さもいらないはずだ。毎日毎日大人がとてもちっぽけに思える。なんだってあんなちっぽけな大人たちがオレより何十倍も金もらって何不自由ない生活が出来るのだろう。迎合が富への第一歩だと思い知らされる。だったらいらないやそんなもん。金がなくて食うものに困っててめぇでてめぇのクソ食ってる方がよほど美しいだろう。だからオレは群れるのが大嫌いだ。他人の影に隠れてこそこそズルく覗き見して日和見して呼吸合わせてセコく生きてるような人間とは相容れない。この記事を読んだヤツは二度とここへは来るな。
posted by TNT at 03:17| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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